洋の東西に関わらず、おとぎ話、童話には寓意というものが含まれている。
つまり教訓やメッセージである。
悪いことをすればしっぺ返しがある。
良いことをすれば見返りがある。
というのが2大テーマであろう。
例えば、シンデレラでは意地悪をした姉や母は王子様もゲットできず、最後には酷い処罰が待っている。
正直者のおじいさんと欲張りなおじいさんがいれば、正直者の方がハッピーになれるのである。
幼少期に行うモラル教育の材料としてはうってつけであり、これがもし正直者は馬鹿を見る、というテーマでは先生も親も困るのだ。
今日はその中でも比較的メッセージがわかりにくい、竹取物語を取り上げて、その寓意を探ってみたい。
リアリティを重視
桃太郎では老夫婦の個人情報は伏せられていたが、この竹取物語では名前が明かされてある。
これはおとぎ話としては珍しいパターンだ。
竹取の翁(たけとりのおきな)というのがニックネームで、本名は讃岐造麻呂(さぬきのみやつこまろ)と紹介されている。
このおじいさんの職業はニックネームからもわかるように竹取人である。
その取った竹で籠や竹細工を作って売っていたと、詳細なキャッシュフローまで説明している。
桃太郎のおじいさんは山へ芝刈りに行って、それがどう収入に結び付くかの説明はなかったのとは対称的である。
このように本名を明かしたり、職業の詳細まで記述していることからわかるように、作者はこのSF物語に肉体的リアリティを与えようとしていたのが見て取れるだろう。
突然の幸福
竹取の翁がかぐや姫を入手する経緯は桃太郎と似ている。(時代的には竹取物語が先だが)
いつものように竹藪へ入っていくと、一本光り輝く竹があり、それを切ると中から赤ちゃんが出てきたという。
桃太郎と男女の配役は逆だが、どちらもルーチンワーク中の奇跡であり、これはコツコツまじめに働いていればいつか良いことがある、という寓意の王道パターンである。
しかも、この日を境に竹取の翁はたびたび黄金入りの竹を発見し、巨万の富も得るのだ。
これは考えてみれば至極当然の展開で、どんな理由でかぐや姫が地球上に送られたにせよ、発見して育ててくれるであろう人物には相応の養育費が必要になってくる。
ただ月世界の住人は、地球上での黄金の資産価値や物価といった経済事情にとても疎かったと思われる。
娘一人の養育費として余りあるほどの黄金を支払ってしまったのだ。
それにより竹取の翁はたちまち資産家として成り上がり、裕福な生活をも手に入れたのだった。
わらわは絶世の美女である、名前はまだない
月世界の住人は成長速度も地球人とかなり差があったらしく、3ヶ月ほどで大人の女性に成長する。
大人といっても平安時代なので、地球人年齢で12~15歳くらいであろう。
その頃には男なら誰しも振り返る、絶世の美女になっていたという。
ここで読者は竹取の翁のボケっぷりに驚愕することになるのだが、なんと拾ってきた赤子にまだ名前を付けていなかったのだ!
これは果たして翁の年齢からくる、つまり痴呆的なことなのか、ただの天然でうっかり忘れてたということなのか、時代的にこういうこともあったのか?
文脈から察するとおそらくただの天然のようだが、今までなんと呼んで育てていたのだろう?
ひょっとすると翁の妻はとっくの昔にその事に気づいており、仮名か何かで呼んでいたのかもしれない。
しかし家長である翁には言い出せず、3カ月間名無しの赤ちゃんを不憫に思いつつも、
「早く気付けよ、このボケ老人がぁ~」
とひたすら気をもんでいたのかもしれない。
このことからも翁の家庭は亭主関白スタイルであったのだろうと推察される。
ようやくまだ名が無い事に気づいた翁は、桃太郎のように自分たちで名前を付けず、名付け親に依頼することにした。
三室戸斎部秋田(みむろどいむべのあきた)という御仁がかぐや姫のゴッドファーザーである。
命名:嫋竹赫映姫(なよたけのかぐやひめ)
さすが外注しただけのことはある、立派な名前だ。
嫋竹は弱々しい竹という意味ではなく、女性らしくしとやかというニュアンスのようだ。
「桃から生まれた桃太郎」とは雲泥の差である。
もうちょとマジメにやってもらいたい。
もし桃太郎の夫婦がかぐや姫の名前をつけていたら、「竹から生まれた竹子」になっていたに違いない。
これでようやく、かぐや姫の誕生である。
5人の求婚者、現る
美人の定義は国や時代、個人の好みによっても違うが、見慣れぬ異国の顔立ちには惹かれるようである。
異星人のかぐや姫がどのような顔立ちであったかは想像の域を出ないが、
「右も左も平安顔があふれる時代に、突如ハリウッド女優が現れた。」
とイメージすればそう遠くはないように思う。
そんなかぐや姫の美貌は噂が噂を呼び、ぜひ嫁にもらおうとか、せめて一目見ようと、翁の屋敷には連日のように男が押しかけたという。
翁はかぐや姫を文字通りカゴの中の鳥のように外へ出さず育てていたので、外からも見えないようにし、会いたいという輩も全て退けていた。
その中でも朝から晩まで屋敷に張り付き、かぐや姫に会いたい会いたいと騒ぎ立てていた5人のストーカーがいた。
いずれもダイナゴンやらチュウナゴンという位の高い野郎どもだったので、逮捕されることはなかったようだ。
その熱心な求婚者は次の5名
石作皇子(いしつくりのみこ)
庫持皇子(くらもちのみこ)
右大臣阿倍御主人(うだいじんあべのみうし)
大納言大伴御行(だいなごんおおとものみゆき)
中納言石上麻呂(ちゅうなごんいそのかみのまろ)
翁は老い先短い自分の年齢のことも考え(70過ぎ)かぐや姫に結婚相手の選択を促す。
この時かぐや姫は、いずれ自分は月世界へ帰ることになるので、地球人と結婚することは不可能だとわかっていたのか?
それともこの時はまだ分かっていなかったのだろうか?
育ての親である翁の言葉を無下に断るわけにもいかず、かといって結婚するのも気が進まなかったかぐや姫は一計を案ずる。
「とりあえずぅ~、あのストーカーどもにぃ~、難題ふっかけてぇ~、それができたらぁ~、結婚してあげるぅ~っていう風にしたらぁ~、おじいさんも納得するしぃ~、あいつらもあきらめてぇ~、結婚もせずに済むしぃ~」
と天性の小悪魔的センスで「実行不可能!?ラブアタック大作戦!!」を思いついたのだった。
ラブアタック大作戦
かぐや姫の提案を聞いてちょっと安心した翁は、5人を集めラブアタック大作戦の説明を行うことにした。
「かぐや姫の欲しいモノを持ってきた人と結婚するぅ~」
という単純明快なミッションだが、そのモノというのが曲者で、大変入手困難なレアアイテムだったのだ。
しかも入手を課せられたアイテムは5人それぞれ異なっていた。
石作皇子→天竺にある佛の御石の鉢
庫持皇子→東海の蓬莱山にある銀の根、金の莖、白玉の實をもった木の枝一本
右大臣阿倍御主人→唐土にある火鼠の皮衣
大納言大伴御行→龍の首についている五色の玉
中納言石上麻呂→燕の持っている子安貝一つ
翁も内心では無茶と思いつつも、5人にミッションを告げた。
ミッションを聞いた5人のストーカーは、あまりの難題に呆れたが、かといってかぐや姫との結婚をあきらめることもできず、家に帰って作戦を練ることにしたのだった。
石作皇子の場合
天竺(インド)にある佛の御石の鉢だから、とりあえずインドに行って帰ってきた体を装わないといけない。
3年ほど身を隠した後、大和の国の山寺にある石鉢をうやうやしく持参したが、
「なにこれぇ~、全然光ってないしぃ~」
ズルをしたにもかかわらず、アイテムも本物の見た目と全然違ったようだ。
こいつはラブアタック大作戦ワースト1である。
庫持皇子の場合
こいつも蓬莱山に玉を取りに行くと周囲に吹聴し、出航まではするが、三日ほどですぐ引き返し、玉職人に頼んでおいた玉の枝を持参した。
さすが、職人の作った一点もののオリジナルアイテムなので、翁も姫も一瞬本物かと見まがう。
あわやかぐや姫ゲットかとなったが、運がなかった。
作った職人が来ちゃった。
千日もかかって作ったのに代金が未払いだというので、クレームの申し立てに現れたのである。
とんだ赤っ恥だ。
それでこいつも脱落である。
アイテムの完成度は高く、姫もだまされそうになったので第4位としておこう。
右大臣阿倍御主人の場合
こいつは右大臣だけあって金はうなるほどある。
ズルはせずに金にモノを言わせ、正攻法で入手しようとした。
唐土(中国)にある火鼠の皮衣ということなので、ちょうど日本に来ていた唐船の商人に、本場中国で買ってきてもらうように頼んでみた。
何年かかかってようやく商人からアイテムが送られてきた。
元は天竺にあって、代金ももらった額では足りない、と追加請求がされていた。
もちろん金持ちなので、すぐさま代金を支払った右大臣。
先の庫持皇子のような失態は犯さなかった。
アイテムの見た目も素晴らしく、姫も
「やばっ、これホンモノ・・・?」
と肝を冷やしたけれど
「火鼠の皮衣だからぁ~、燃やしても燃えないはずだよねぇ~?」
と小悪魔的カンが働き、アイテムに火をつけてみることになったのだ。
もちろん皮衣はひとたまりもなくメラメラと燃え尽きてしまった。
正攻法で入手し、きっちり代金も支払い、もし姫の機転がなければ成功していたかもしれない。
ラブアタック大作戦、第3位である。
大納言大伴御行の場合
龍の首についている五色の玉は全アイテム中、最難関と言ってよい。
手間ひま、お金をかければ入手できそうな他のアイテムと比べ、命の危険を伴うからだ。
大納言はお抱えの家来を集め、全財産をつぎ込む勢いで厳命を下すが、残念、家来たちは動かなかった。
家来たちも一応玉を取りに出かけるふりをするが、好き勝手旅行に行ったり、家でゴロゴロして過ごした。
いくら仕えている主人の命令とはいえ、かぐや姫ゲットという個人的な欲望のために命がけで龍と戦う馬鹿などいないのである。
一向にミッション成功の報告がなく、しびれを切らした大納言本人も出航するが、波風にもまれたり、嵐にもみくちゃにされ、雷雨に打たれ・・・半死半生になりながら浜辺に打ち上げられてしまった。
なんとか一命をとりとめた大納言は、雷に打たれたショックからか「龍=雷」という妄想に取りつかれてしまった。
そしてサボっていた家来たちに
「よくぞ龍を獲りに行かなかった!行っていたら雷に打たれて命を落としていたぞ!」
と涙を流しながら抱擁し、なぜか褒美を与える、そして
「かぐや姫のインチキビッチが!」
と悪態をつき、二度と近寄らなかったという。
その時の家来たちの心中は察して余りある。
アイテム入手の難易度が高すぎ、命も落としかけたという同情点を加味し、2位としておこう。
これはぼくの邪推だけれど、かぐや姫は「こいつとの結婚だけはイヤぁ~」ということで、大納言に最高難度のアイテムをぶつけたに違いない。
中納言石上麻呂の場合
アイテム入手の難易度としては一番低いのではないだろうか?
燕の持っている子安貝など燕の巣を辛抱強く探し回れば、比較的簡単に見つかりそうなものである。
大納言の龍なぞとは比べ物にならないではないか。
中納言は自分で籠に乗り、燕の巣まで引き上げてもらうという地道な作業を行った。
そして燕が卵を産む瞬間を待ち、巣をまさぐった。
手に貝のような硬質の感触があったので、喜び勇んで籠を下す合図をする中納言!
しかし綱を引いていた者の操作ミスで綱が切れてしまった。
あわれ中納言は下にあった鼎(かなえ)で頭を打ち、気を失ってしまった。
気が付いた中納言は手の中に握りしめた貝を見ると、それは燕のフンだったという。
中納言はそれっきり腰も立たず、鬱状態になり、ついには死んでしまった。
とうとうラブアタック大作戦で死者が出てしまった。
追悼の意を表し1位としておくが、もうこれでかぐや姫と結婚することは永久にできなくなってしまったのだ。
帰郷
なんとか求婚を退けたかぐや姫。
その美貌の噂は時の帝の耳にまで及んだ。
かぐや姫は帝の誘いも頑なに断り続け、これにはさすがの翁も困ったが、
「見た目は美しいですが、別世界の人間でして・・・ええ、心も普通じゃないんです。」
などと、かぐや姫を半ば白痴扱いし、なんとかかぐや姫の宮仕えを断り続けてきた。
最終的には帝とはメル友になるというところで落ち着いたようだ。
それから3年ほど経つと、どういうわけかかぐや姫は月を見ては嘆き、悲しみ、おいおい泣くようになった。
翁が理由を聞いてみると、
「前々から言おお言おおと思ってたんだけどぉ〜、うちはこの世界の人じゃなくてぇ〜、月の世界の人だからぁ〜、来月の十五夜にお迎えが来てぇ〜、帰ることになってるんよ。」
それを聞いた翁も狂ったように泣きわめいたという。
「うちもはっきし言ってぇ〜、向こうの親よりぃ〜、こっちのおじぃさんとおばぁさんの方が付き合いも長いしぃ〜、めちゃ悲しい。」
この突然の別れ話は当然帝の耳にも入り、帝はなんとしてもかぐや姫を月なんかに返すものかと、十五夜には武士二千人を動員し、月よりの使者に備えた。
おばあさんはかぐや姫と土蔵に入り立てこもった。
「そんなことしてもぉ〜、たぶん無理ぃ〜」
夜も更けた頃、あたりが突如異常な明るさに照らされ、まるで昼のようになった。
そして雲に乗った使いが降りてきたのだった。
武士たちは弓をひこうとするが、まるで心を抜かれたように戦意喪失してしまった。
リーダーっぽい人物が翁の前に立ち、こう言った
「汝翁よ、おぬしは善いことをしたので、少しの間姫を遣わし、金も儲けさせてやった。今は姫の罪も消えたので、迎えに来た次第だ、黙っておとなしく返すがよい。さあ姫、このような汚らしい外界とはおさらばじゃ。」
かぐや姫は空飛ぶ車に乗り、天高く消えていった。
姫の罪
ちょっと待て、姫の罪?
迎えに来た使いは「姫の罪も消えた」と確かに、はっきりと言った。
つまり、かぐや姫は月世界で何かしらの犯罪を犯し、その刑罰として島流しのような形で地球に流されたというのか?
もしくは、かぐや姫の両親が犯罪を犯し、その罪を生まれた子供がかぶるというような、地球人感覚では理解しがたい刑罰のシステムが月世界にあって、生まれたばかりのかぐや姫が地球に島流しされたのであろうか?
月世界の裁判や刑罰のシステムを知る術がない我々にはどこまでも想像の域は出ないことだ。
しかし、かぐや姫自身の刑罰だとしたら、わざわざ赤子にして島流ししなくても、そのままの姿で地球に送ればよろしい。
とすれば、やはりかぐや姫の父か母が罪を犯し、「生まれた子どは直ちに島流しの刑」に処されたか、さらに祖先が何代にもわたって刑が続くような重罪を犯したと考える方が自然だろう。
とにかく、地球は罪人の島流し先に使われていたことだけは確かなのだ。
翁の頭の中を「姫の罪も消えた」という使者の言葉がいつまでも回っていた。
最後に
かぐや姫が月に帰るという別れの悲しみよりも、使者の最後の言葉が衝撃的で、全て飛んでしまった。
それを聞いた翁とその妻はどんな心境だったであろうか。
シンプルなようで複雑な竹取物語の主人公はタイトルを見ても分かるように、かぐや姫ではなく竹取の翁であり、彼の悲喜劇が描かれている。
彼は物語の中で、特に善いことも悪いこともしていないし、欲を出したわけでもない。
ただ自分の生業である竹取をしていただけなのだ。
そんな質素な人生にもこのような大きな幸福と大きな悲劇が同時に訪れることが、ある。
さて、桃太郎と同じくこの竹取物語にも多くの寓意が含まれていることがお分かりいただけただろうか。
曰く
- 大きな幸福の後には、大きな悲しみがやってくる。
- 出産後は忘れないうちに命名し、すみやかに役所に届けを出そう。
- 見た目だけで結婚相手を選んではいけない。
- 結婚に条件をつけるような女性はやめておこう。
- 商品の代金はできるだけ早めに支払いを済ませておこう。
- 大切なものは人に任せず、自分の目で見て購入しよう。
- 無理難題を言われた時は、その気がないんだと思おう。
- 簡単な仕事でも気を抜いたり運が悪いと失敗する。
- 圧倒的な力の人には下手に逆らわないでおこう。
参考文献:竹取物語 和田萬吉