悪魔は階段を下りながら、自分の手帳を確認していた。
手順1:大きな悩みか欲望を持っていて、意志の弱そうなヤツを見つける。
ページの上段には「人間を嵌めて魂を抜く手順」と書かれている。
「初仕事だから緊張するなあ。しかし、そんな都合よくいるもんかね。」
地下鉄のホームに降り立った悪魔は、ターゲットを探しながらしばらくホームをうろついていた。
ホームの先頭のあたりで一人の男に目が留まった。電車を待っているのか、いないのか、ずっとうなだれてベンチに座っている。
手順2:人畜無害な微笑を浮かべながら近づき、悩みを聞き出す。
注) いきなり悪魔だと名乗らないこと。
悪魔は少しひきつった微笑を浮かべて、男の隣に腰を下ろした。
「こんにちは、ムシュー。不躾ですが、なにか悩みごとでもあるご様子ですね。」
男は一瞬たじろいだが、悪魔の問いに答えた。
「ええ、そうなんですよ。会社が業績不振で、リストラ案が出てましてね。そこへきて先週お得意様との取引で大失敗しましてね。私なんか真っ先に肩を叩かれそうで、不安で仕方がないんですよ。」
男は今にも泣き出しそうな顔で訴えた。
手順3: 悩みを解決したり願い事を叶えると言い、悪魔であることも告げる。人間が信じない場合は細則3−1を参照。
「(こいつはいけそうだぞ)それはそれは・・・では、私があなたのお悩みを解決できると言ったらどうでしょう?」
「え、どうやって?そんな事ができるんですか?」
「ええ、実は私、悪魔なんですよ。(キマッた!)」
男は力なく鼻で笑い、
「たちの悪い冗談はやめて下さいよ。こっちは首の皮一枚で人生崖っぷちなんですから。」
「(まずい、えーっと細則・・・)よろしい、では証明してみせましょう。ただちょっと人目が多いので・・・はい、今あなたの銀行口座に一億円振り込みました。確認してみて下さい。」
男は首を傾げながらポケットからスマートフォンを取り出し、ネットバンキングで残高照会を行った。
「ほんとうだ・・・いちじゅうひゃくせんまん・・・ありがとうございます。これで万が一クビになっても大丈夫です!」
男は狂ったように飛び跳ね、到着した電車に乗って行ってしまった。
「あ、ちょっと!まだ話は・・・やべえなあ、ルシファー様になんて報告すりゃいいんだ。やっぱり読心術くらいはマスターしときゃよかったかなあ。」
悪魔は肩を落としながら階段を登り、魔界への帰途についた。
「お前アホか。ボランティアやってんちゃうぞ。」
「本当に、申し訳ございません。」
「まったく、わしがケネディ暗殺に立ち会った時なんかな・・・」
(また始まっちゃったよ、ルシファー様の武勇伝。なげぇんだよな。)
「キリストが磔にされた時も・・・」
(ったく、何年前の話してんだよ・・・)
「サンクトペテルブルクじゃあ・・・」
(歴史の授業かっつーの)
「おい、お前聞いとんのか。」
「はい、しっかりと心に刻んでおります。」
「初仕事とはいえ、悪魔に失敗は許されん。次の考課楽しみにしとけや。」
二週間後、いつものように悪魔がデスクで事務処理を行っていると、
トン、トン
と肩を叩かれて振り返ると、そこに人事部長の悪魔が微笑を湛えて立っていた。